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 男は魅入られた。潜む危険を忘れる程に、それは蠱惑的だった。
 黄金色に輝く、水晶のように艶やかな対の腕輪。天使の腕輪と呼ばれる存在。
 “身に付ければ強大な魔法の力が手に入るだろう”
 あくまで伝承だった。証明できた者など誰ひとりとしていないのだから。

 腕輪は全員を拒絶した。腕輪の拒絶が意味するのは、身に付けた者に対しての過剰な攻撃――時には腕を奪い、命さえも奪った。
 最初は誰しもが腕輪に魅入られる。だが人を襲う事実は拭い去れない。次第に人は、畏怖して近寄らなくなった。呪いの腕輪という別称が付けられてしまう程に。
 なのに人は、実物を前にしてしまうと誘惑に負ける。
 男もその一人だった。

 ――さあ、さあ、腕輪を嵌めて御覧なさい

 男は天使の腕輪から甘い囁きを聞いた。陶酔し、心を委ねてしまった。腕輪を嵌めてしまったのだ。
「あ、あああああああっ!」
 男の叫び声が豪奢な部屋の中に響く。
 腕輪は一層輝きを増し、その光は侵蝕するかのように男の腕を喰らっていた。肌は次第に、焼け爛れたようになっていく。男は半狂乱になって腕輪を外し、放り投げた。
「ロウシェルト! ロウシェルトは何処だ! これを早く、今すぐ、捨てて来てくれ!」
 男の叫び声は響き続ける。声を聞いた人々は慌ただしく動き始める。

 腕輪だけが、何事もなかったかのように絨毯の上に座していた。




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